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最高裁判所第一小法廷 平成3年(あ)604号 決定

本籍

大阪市生野区小路東二丁目一番地

住居

同 浪速区日本橋東一丁目一番一七号

会社役員

下村昌弘

昭和一四年九月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成三年五月一〇日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人福田拓の上告趣意は、憲法三八条違反をいうが、原審において何ら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

平成三年(あ)六〇四号(提出期限八月三〇日)

○ 上告趣意書

被告人 下村昌弘

一九九一年八月二三日

右弁護人 福田拓

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決、第一審判決には憲法第三八条に違反して得られた被告人の供述を採用し、その排除されるべき証拠に基づき被告人を有罪にした憲法違反がある。従って、刑事訴訟法第四〇五条一号の上告申立理由があり、同法第四一〇条により、破棄の上、無罪判決が言い渡されるべきである。

第一(原判決、第一審判決において採用された証拠)

一、記録七分冊には昭和六二年一一月九日より翌六三年一二月一六日迄二三回にのぼる被告人に対する大阪国税局査察部の調査による「質問顛末書」があり、本件犯行の全体の自白調書となっている。

そして、それを平成二年一月一〇日の検察官面前調書により包括的に「右の者に対する所得税法違反被疑事件につき、平成二年一月十日大阪地方検察庁において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。」の定型印刷文の後に、本件被告人は供述している。その内容は前記国税局査察部での供述の単なる確認であり、独立した証明力を持つものではない。同調書(記録七の七分冊 二、二三一丁に「昭和六二年一一月ころ大阪国税局査察部の調査を受けるようになりました・・・」とあることで明らかである。

二、右の供述から独立して得られた証拠は殆どなく、その余の証拠では被告人を有罪にするに足るものはない。

第二(「質問顛末書」の証拠能力)

一、大阪国税局査察部の質問顛末書は、刑事事件としては司法警察員面前調書に匹敵するものであるにも拘わらず、「右の者下村昌弘に係る所得税法違反嫌疑事件に付き、昭和 年 月 日大阪市東区大手前之町大阪国税局査察部において、本職の質問に対し、右のとおり任意に供述した。・・・」という形式で第三者に対する調書と同じものが使用され、黙秘権の告知がなされていないことが明らかである。

二、被疑者として、本税の外、重加算税の不利益を予期しつつ、取調べに応じたことは当然である。

その結果、国税局は三年間、六七九二万円の所得税の脱税に対し、合計一億四六〇〇万円の課税をし、被告人は大半を支払い、その調査の目的を達した。

国税局としては、黙秘権の告知をするより、徴税の効率から、供述させる方が合目的である。

脱税を一般的に抑止し、個別にも懲戒し、且つ、税収を上げるのに、黙秘権を告知せず、国家機関の圧力の下に、供述を求めることの合理性を本弁護人は否定しない。

しかし、その質問調査の結果はその限度で充分その目的を達したので、そこで止まるべきである。

三、右の顛末書は、その末尾に「これで本日の質問調査を終わりますが、これまで述べたことで訂正したり付け加えることはありませんか。」とし、「以上の質問調査の要旨を書き取り被質問者下村昌弘に読み聞かせかつ示したところ事実そのとおり相違ないと署名と押印をした。」との言葉で結んでいる。

右の質問調査の根拠条文は右の顛末書の記載からも現実の手続きからも全く不明である。

ところで、国税の効率的徴収のため、所得税法第二三四条には、同法第二四二条八号の間接強制つきで質問検査権が規定されている(同条二項に「・・犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と規定されているが、本書面には関わりがない)。前記一、二項で指摘したのは黙秘権の告知を欠いていることであったが、ここでのより重大な問題は被告人に、間接強制のある所得税法第二三四条による質問か、どうかの判別をさせず、質問者の自由な選択に委ねられていることである。

そもそも、捜査官にとって被疑者に質問をし、供述を迫るのは当然の職責であり、漫然と「シャベラナクテイイヨ」などと相手に言うものなら、職務怠慢の誹りを免れない。司法警察員、検察官が被疑者を取り調べる際、黙秘権を告知するのは、その直後からの厳しい尋問の免罪符でしかないし、活字で「自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意」となっているのは、告げるのを忘れたときの定型的「救済」措置である。

然るに、前記顛末書記載の質問の際には右の黙秘権の告知を欠いているばかりでなく、間接強制のある所得税法第二三四条による質問か、どうかの選択も質問者に留保され、或いは、状況によっては、その行使であったかも知れない質問である以上、被告人は、自己に不利益な供述を強制されたことは明らかである。

弁護人の同意は憲法違反を治癒する効果を持たないから、被告人に対する「質問顛末書」は証拠能力がなく、証拠排除されるべきであり、その余の証拠では被告人を有罪にしうるに足るものはない。

従って、被告人は無罪である。

四、本件において、国税局がまず、確実な、充分な徴税を目的とし、被疑者としての被告人の立場を全く顧慮せず、その目的を達し、被告人はそれに協力した。

被告人にとって、本件罰金、懲役刑が二重の危険と意識されるにはそれなりの理由がある。

以上

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